バドミントン混合ダブルス日本代表の東野有紗選手。
渡辺勇大選手とペアを組む東野有紗選手は、パリ五輪と東京五輪で銅メダル連覇と云う快挙を達成!そこで今回は、
女子バドミントン・東野有紗選手の学歴やプロフィール、混合ダブルスの特徴について
調べてみました!
東野有紗(ひがしのありさ)選手のプロフィール
出身地:北海道岩見沢市
生年月日:1996年8月1日
年齢:27歳
身長:160cm
血液型:B型
出身校:福島県立富岡高等学校
所属:BIPROGY
画像出典:X.COM
東野有紗 学歴
東野有紗さんの学歴について紹介します。
小学校が岩見沢市立美園小学校、中学校が富岡町立富岡第一中学校、高校が福島県立富岡高校となります。
それでは小学校から見ていきましょう。
岩見沢市立美園小学校
東野有紗さん:岩見沢市立美園小学校時代
東野有紗さんが一年生の時に元陸上競技経験者だった母に、兄と同じ陸上クラブに入れようとしますが
三年生からの受け入れだったので、小学校にあったバドミントン教室で身体作りをさせておこうと考えたそうです。
それが東野有紗さんの負けん気と相まって「グングン頭角」を現してきました。あ
5年生でU13ナショナルメンバーに選出される!
始めの頃こそ「シャトルにラケット」を合わせることすら出来なかった東野選手でしたが、小学2年生で全道大会を制覇。
更に小学5年生の時にU13ナショナルメンバーにも選ばれ、母親は「バドミントンを軸に進路を
考えようと」と決めたそうです。
東野有紗さん:富岡町立富岡第一中学校時代
東野有紗選手はバドミントンの強豪として知られる福島県富岡町立富岡第一中学校から声がかか
り同校に進学。
当初は地元北海道の両親や兄と、離れて暮らすことに不安を抱えていたそうです!
そこで、同校には学生寮も完備されていましたが、母親が一緒に移住し二人暮らしを始めました。
元アスリートでもある母親の思いがあったのでしょうね。
移住して半年もすると母親もここ福島で働き始め、母親のサポートを受けて東野選手はバドミントンに打ち込んでいました!
母親だけでなく家族全員の理解があっての事ですね。
東野有紗さん:東日本大震災で被災
東野有紗選手が中学2年生の時に東日本大震災が発生。
その日は午前中に卒業式が終わり、いつも通り富岡高校体育館で、
三月末の全日本中学生大会に向け練習を開始した直後でした。
激しい揺れに、体育館の天井照明が次から次に落下する中、命からがら校庭へ避難したそうです。
幸い、練習していた富岡高校体育館は高台のため津波被害は免れましたが、東野さんの通う富岡第一中学校は被災してしまいました。
富岡第一中学校は福島第一原発に近いと云うことから、避難指示に伴い地元北海道に避難します。
東野有紗さん:福島に戻ってから
2ヶ月程で母親の説得で福島へ戻ります。
しかし、中学のある富岡町は警戒区域に指定されていたため、猪苗代町にある体育館が新しい練習拠点となり、
バドミントン部の部員は猪苗代中学校へ転校することとなりました。
このような厳しい状況を乗り越えたことで精神面がかなり鍛えられた東野選手は、中学3年生で
出場した全国中学校バドミントン大会の女子ダブルスで見事優勝を飾りました。
東野有紗さん:福島県立富岡高校時代
高校は母の強い勧めで、バドミントンの強豪校として
有名な富岡高等学校に進学した東野有紗選手。
現在のバドミントン混合ダブルスのパートナー渡辺勇
大選手と初めてペアを組んだのは、東野選手が富岡高校1年生、
渡辺選手が富岡第一中学3年生の時でした。
当時、震災のため猪苗代富岡高校サテライ
トでの活動を余儀なくされるの。
福島の同じ中学で育ち、関係は途切れず。
渡辺と東野は徒だった。2009年に東野が、翌年に渡辺が入学と、東野が1学年先輩だ。
中学時代、2人はそろって海外遠征に出たことがある。
そのときペアを結成して大会に出てみると、強豪選手がそろう中で3位に入った。引用元:number.bunshun.jp
強さの秘密は独特なプレースタイル
通常は男子が後衛で女子が前衛と言うのが一般的なフォーメーションで女子が細かい攻撃でゲームをメイクするが。
渡辺・東野組は交互に入れ替わり、攻撃のパターンも豊富に持ち合わせているので相手の攻撃に対しても防御能力に長けているの。
まとめ
今回は、バドミントン混合ダブルスで東京五輪に続き、パリオリンピックでも見事銅メダル獲得という快挙を遂げた【ワタガシペア】
東野有紗さんの学歴や中学時代から海外に遠征し、バドミントンの成績が凄かったについて紹介しました。
混合ダブルスと云うバドミントン競技ではまだ一般にはメジャーな感じではありませんが、
今回のパリオリンピックで広く認知度があがることに期待して終わりたいと思います。
ありがとうございました。
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